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スキー板履歴

スバル360日記というタイトルを見るたびに胸が痛い今日この頃です・・・

さて、昨年は私の自転車ヒストリーを追いかけてみましたが今回はスキー板の履歴を追いかけてみます。
写真整理していたら結構残っていました。
まずは一発目。

120209a.jpg

5歳の私です(笑)
1976年の正月。忘れもしない菅平、これがスキーデビューでした。
レンタルに借りに行くとまだ足が小さくて靴が合わず、レンタル屋のじいさんがプラスキーを貸してくれました。
たぶんお孫さんのなのでしょうね、代金は要らないよと貸してくれたのを覚えています。
父親はちょっとだけ教えて「ここで練習しとけ」と言い残し自分はリフトに乗ってどこかへ滑りに行きました。
ひたすらこの斜面を登ってはこけるということを繰り返していました。

120209b.jpg

そうそう、この赤いプラスキーをスノトレに結びつけて滑っていました。
ストックはなんと竹です(笑)
ここから私のスキーライフがスタート。

翌年は父親が知り合いからもらってきたジュニアの板をはいていました。

120209c.jpg

当時、このウェアのことを「アノラック」と呼んでいました。
今調べてみるとウインドブレーカーのたぐいのことを言うらしいですね。

120209d.jpg

6歳のこのとき、ハチ北の北壁に連れて行かれて半泣きになったのを覚えています。
アイスバーンになっていてずるずる落ちるのが怖かった。
で、中古とはいえ初めてのマイスキーですが、アップの写真が翌年にありました。

120209e.jpg

7歳のころ。
機嫌が悪いんじゃなくてまぶしかったんです。
スキー板は名もない国産メーカーだったんだろうと思います。
エッジがむちゃくちゃ太くて1センチくらいの幅の鉄がネジ止めされてました(笑)
ネジ止めですよ。
必ずその太いネジがシーズンオフで錆びるので錆落としがシーズンインの行事でした。
今思えばシーズンの終わりに潤滑剤でも塗っときゃいいのに・・・・
滑り止めが今みたいなタイプではなく、まだひもで足首に結んでいたころでした。

次の板はミズノでした。
展示会で買ったのを覚えています。

120209f.jpg

真ん中手前、水色のウェアでピースしてるのが私です。
小学4年生のころ、場所は赤倉ですね。
一緒に写っているのは、父親のクライアントとその家族。
子ども同士が同世代なので親戚のようにつきあっていました。
小学生から高校生の頃まで毎年一緒にスキーに行っていました。
ミズノのブルーインパルスというブランドの板は小学4年から中学2年の頃まで使っていました。

次の板はフィッシャーです。

120209g.jpg

フィッシャーのSPORT C4というモデル。
タナベスポーツで父親に買ってもらったのを覚えています。
そのまま六甲山に上り試しに滑りました。
硬めでしなりがあまりなく、滑走面もあまり走らない板でした・・・・
買ってもらったのは、前のミズノとこのフィッシャーでした。
それまではお古でこの後は自分で買っていました。

フィッシャーは中2から高2まで使っていました。
で、高校生の頃はバイト代貯めて自分でスキーに行ったり道具を買ったりしていました。

120209h.jpg

高校3年生の志賀高原です。
あこがれのオガサカK&Vを購入。
実はこの89年、K&Vはモデルチェンジして白くてちゃらちゃらしたバブリーなデザインになったのですが機能美とも言うべきシンプルな旧モデルに憧れていたので工場の在庫を取り寄せてもらいました。
これは良く曲がるしよく走る良い板でした。
ウェアはGOLDWINですが、今も着ています(笑)めちゃくちゃ長持ち。
120209i.jpg

ブーツはノルディカ。
バックルを締めた後、ブーツ前面についているポンプをプシュプシュ押すとエアが入って足の形になじむという、変わり種のモデルでした。

このK&Vは89年から2005年まで使いました。
そして2005年、いよいよカービングデビューとなりました。

120209j.jpg

サロモンのDEMO10です。
この派手派手なデザインに惚れました。
柔らかいしよく走るし気に入っています。
でももう7年も前のモデルなんですねえ。
この7年での滑走日数は数日ほど。
(ちょろっとナイターに行ったのは除外します)
この写真は今日撮りましたが未だにピカピカです(笑)
もっと滑り込んで精進したいですね。

まさかとは思いましたが自分のスキー板ヒストリーを追いかけることが出来ました。
長いことやってる割にはたいした滑りをしていませんが、これからも楽しんでいければと思います。
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No title

親しいお友達だと思っていますが、よく考えれば一回り違うのですねえ・・・
自分の最初のスキー靴は革製で紐で締めるやつでした(笑)。
さすがに竹スキーは履いたことがありませんがエッジはありませんでした。
つまりただの木の板でした(笑)。もちろんストックは竹です。
ブルーインパルスは大学生の時に買って履いていました。
就職してからは金にまかせて(笑)靴は91エクィップ、サンマルコプロコンプ、体力が弱ってラングとなりました。
板はしばらくK2スラローム、友達からサロモンのモノコックを譲ってもらったところで止まっています(笑)。
ウエアは当時の定番エレッセ(爆笑)もちろんグリーンです。

スキーから遠ざかった理由は、もちろん趣味が他に移ったというのもありますが、自由に滑ることができなくなってきたというのもあります。滑走禁止コースだなんて自分のスキー歴ではあり得ない事です。
新しいスキー場でよく感じることでしたが、まるで雨どいを滑っているような感覚になりました。自分で自由にコースを選べない、雨どいのように整地されたコースを滑るしかないというのは、どうしても楽しめないことでした。
自分の好きだったコースはみつまたかぐらの頂上から田代へ降りる林間コース(一般のコースではありません)。苗場スキー場の夜の男子リーゼン(一応滑走禁止と書いてありました)。そして青森の八甲田山スキー場です。八甲田はコースを見失うと命の危険がある所です(笑)。
どうも自由奔放な性格は変え様がないようです(笑)

MAKさん

ひと世代違いますよ(笑)
ウェアはエレッセですか、王道ですね~

今のゲレンデはさらに整地されてますよ。
コブなんてほとんど残さずつぶされてしまいます。
そうしないとボードの人が来てくれないから。
MAKさんには物足りないでしょうね~
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